飛騨高山ウルトラマラソン100km完走レポ

ウルトラマラソン完走

人生初フルマラソンから5ヶ月でウルトラ完走への道のり

先日、私は飛騨高山ウルトラマラソンを完走するという大きな挑戦を成し遂げました。タイムは12時間30分。これは私にとって初めてのウルトラマラソンであり、人生初のフルマラソンから5ヶ月後の出来事でした。この記事ではレース当日の記録と、それに至るまでの道のりについてお伝えします。

/目次の作成

ウルトラに参加しようとしたきっかけ

今年1月、私は初めてフルマラソンに参加しました。もともと学生時代は陸上部で長距離走をしておりましたが、辞めてからは体重も20kg以上増加、運動習慣もなくなり怠惰な日々を過ごしておりました。しかも42.195キロという距離に挑戦するのはこれが初めてでした。本番2ヶ月ほど前からダイエットや練習に取り組み、本番では30km地点で足を痛め残りは歩きという状態でしたが、何とか完走することができました。その時の沿道での応援や給水所でのご当地給食がすごく心に残り、また走りたいと感じました。

YouTubeでランニングの動画を見漁っていたときにこの動画と出会いました。

100kmのマラソンがあることも知りませんでしたし、それを走り切れる人がいることにも驚きました。しかもこんなに楽しそうに走っている。心がワクワクして検索してみるとちょうど同じ大会がエントリー期間中だったのでその場のノリというか高揚感のままエントリーしました。

月間走行距離80kmでも完走できたわけ

初マラソン後の月間走行距離は1月78km2月55km3月83km4月69km5月107km月平均80kmと多分ウルトラを走った方の中ではかなり少ない方だと思います。ネットで調べたところ初心者が完走するには月200kmが目安と出ておりました。しかし私は残業の多い職場で平日は練習時間が取れません。そこで普段電車通勤のところを帰り道を走って帰るというようにし一度の距離は少なくとも走る回数を増やしました。足を痛めて走れない時は週末に市民プールに行き泳いで体力をつけるなども行いました。また地域のランニングショップが毎週練習会を開催していたのでそれにも積極的に参加していました。これは人と一緒に走るのでモチベーションの面で非常に助けられました。

大会出場は1月の人生初フルマラソンの後は3月にトレイルラン、4月にハーフマラソンを走りました。正直、学生時代(6年前)に走っていたことがかなり大きいとは思いますが、それでもこの短い期間で完走まで行けたのは日々の工夫などの成果だと思います。

レース前日

特急ひだに乗り高山へ。途中車窓から見える木曽川や下呂温泉の街並みはとても美しかったです。

高山につきホテルにチェックインを済ませた後は軽くジョグをしたのち観光してリラックスすることにしました。この時に入ったcafeはすごく素敵なところだったのですが、コーヒーを飲んでしまったばかりに後で後悔することになります。

夜飯はマップで調べて気になった弱尊さんというカレー屋さんに行きました。すると開店30分前でもかなりの行列が、、、名前を書き一度ホテルに戻ってから電話をもらって再度訪問しました。注文したのは豚カツカレーご飯大盛に唐揚げと温玉をトッピング(1610円)ご飯も400gとかなりボリュームがあり大満足、そして何より美味しい。人生1のカレーや更新しました。語彙力がないので美味しさを上手く伝えられませんが、このカレーを食べるためにまた来年も高山ウルトラ参加してもいいというくらいには美味しかったです。

レース前夜

食事を済ませお風呂に浸かり、20時にはベッドに行きましたが寝れません。昼に飲んだコーヒーのせいか、明日への楽しみや緊張のせいか。結局6時間睡眠の内に5回程目を覚まし、何とも言えない感じで当日を迎えました。いつもとは違う睡眠サイクルということもあります。次回参加される方は前日はコーヒーなどを控えることをお勧めします。

順調楽勝ちょー楽しいウルトラなんて余裕じゃん!?(START ~50km 

3時に起きてシャトルバスで会場へ。荷物を預けたらいよいよスタートです。最初は高山の中心街を走ります。まだ朝の4時だというのに沿道からは多くの応援が。天気も一日曇り予報で暑くもなく寒くもなく最高の天気です。古い街並みを抜け山の方に入って行きました。

50km地点までは順調に進みました。美しい自然に囲まれながら、体も心もリラックスして走ることができました。エイドステーションでは補給食を取り、しっかりと水分を摂りながら、次のステージに備えました。この時点では体の調子も良く、タイムも予定通り進んでいました。フルの通過タイムは4時間26分と自己ベストから30分遅い程度で気力も体力もバッチリ。このままいけば完走は楽勝だと思っていました。

ん?こっからフルマラソンはしんの?エグくね??60km地点での試練

しかし、60km地点に差し掛かる頃、右足の甲に鋭い痛みを感じ始めました。初めは軽い違和感程度だったのですが、徐々に痛みが増し、走ることが困難になってきました。私は学生時代に足の甲にある中足骨という箇所を両足あわせ10回近く疲労骨折した過去があります。無理に走り続けるとさらに悪化する恐れがあったため、一旦歩いてみることにしました。

前半の余裕と笑顔は徐々に消え始め、ここからは精神力との戦いです。何度も繰り返される坂道に最初は絶対に歩かないと決め走っていましたが、歩く回数も増え始めます。「絶対にゴールする」という強い意志が、私を前に進ませました。

苦しい中での工夫と支え

痛みと戦いながらも、エイドステーションで休憩を取り、痛みを和らげるストレッチやマッサージを行いました。ボランティアの方々や他のランナーからの応援も大きな支えとなりました。「頑張れ」「もう少しだ」という声が、心の中でエネルギーとなり、再び走り出す力を与えてくれました。ご当地エイドの飛騨牛と幼稚園児からのハイタッチ応援は絶大な力を私に与えてくれました。飛騨牛美味しかった…笑

60kmを超え高山ウルトラマラソン最大の難所とも言われる千光寺へ。

『は?え?マジで。え?これ道合ってる??』

語彙力が消えさるほどの目の前の絶望に打ちひしがれながらも、周りのランナーと共に急すぎる坂を一歩一歩前に進みます。

ゴールへの道のり

最後の30kmは、まさに苦しい戦いでした。歩いたり走ったりを繰り返しながら、少しずつ前進していきました。体は限界を迎えていましたが、心の中では「必ずゴールする」という強い意志が燃え続けていました。足の痛みは続いていましたが、周りの景色や応援の声が心の支えとなり、一歩一歩前に進むことができました。

ついに、ゴールが見えてきました。12時間30分という長い時間が過ぎ、疲労と達成感が入り混じった中でのゴールでした。ゴールラインを越えた瞬間、涙があふれ出ました。喜びと達成感、そして自分自身への誇りが込み上げてきました。

終わりに

飛騨高山ウルトラマラソンは、私にとって人生で最も大きな挑戦の一つでした。50km地点までは順調でしたが、70km地点での右足の痛みは大きな試練でした。それでも、諦めずに前進し続けたことで、ゴールにたどり着くことができました。この経験は、今後の人生においても大きな自信と力を与えてくれるでしょう。

ウルトラマラソンを完走することは決して簡単なことではありませんが、挑戦することで得られるものは計り知れません。これからも自分自身を高めるために、さまざまな挑戦を続けていきたいと思います。読者の皆さんも、自分の限界に挑戦し、新たな可能性を見つける旅に出てみてはいかがでしょうか。

参考リンク

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